愛媛大学教育学部附属小学校の歴史

130年の歩み

二番町に誕生した附属小 明治16年

1883年(明治16年)10月18日、附属小学校はお城の南、現在の二番町に誕生しました。入学児童数は男子15名、女子7名でした。児童はみんな着物・はかま姿でした。正式名を愛媛県師範学校附属小学校と言いました。三年後には児童数が260名に増え、五つの組に分かれて授業を行い、友達の名前の呼び方まできちんと決まっていました。

木屋町の附属小学校 明治23年

1889年(明治22年)に松山市が誕生した翌年、師範学校は二番町から木屋町(現在の若草町)に移り、その中に附小の校舎が建てられました。お城の西に移った附小の校庭には、大きな藤棚やクルミなどのたくさんの木々があり、素晴らしい環境の中、児童は下校のラッパの音が響くまで元気に過ごしていました。1912年(大正元年)、師範学校の東側に校舎が新たに建てられ、9月から授業が始まりました。自然に囲まれる生活は、今も昔も変わらないのですね。.

三津に誕生した附属小学校 明治44年

1910年(明治43年)三津に愛媛県女子師範学校がつくられると、その翌年に附属小学校が誕生しました。校舎は木造1階建てで、ロの字形に建っていました。屋内体操場もつくられていました。入学試験の結果、男子76名、女子126名の児童が合格し、四つの学級202名で三津の付属は出発しました。学校のめあては「まじめ」「根気強く」でした。

大正時代の二つの附属小学校

大正元年(1912年)9月、男子師範学校附属小学校は、城山の西のふもとに建てられた新校舎に移りました。北側には城山登山口、正門は木屋町通に面し、師範学校と附属との間には地下道がありました。これは当時の松山市内ではただ一つのもので、子どもたちの遊び場にもなっていました。1学級はおよそ四十人で、尋常科と高等科を合わせると全部で九学級ありました。

男子師範学校の修学旅行(昭和15年ごろ)

大正時代には行われていなかった修学旅行が行われるようになりました。行先は北九州で四泊で北九州を一周しました。結構大がかりですね。この当時の修学旅行は、旅行を通していろいろと知識を広め深めるるだけではなく、自分の目で見ることによって心に深くとどめさせ、日本の国を築いてきた人々の努力や日本の国のよさについて考えることが目的でした。行先も壇ノ浦の古戦場や北九州工業地帯の工場見学、八幡製鉄所、阿蘇、別府と特徴のあるものでした。遊びというよりは学びの傾向が強く、今の子からすると「ええーー遊園地ないの」という声が聞こえてきそうですが、製鉄所の灼熱の鉄、直にみられるなんてすばらしい経験ですね。

五つの附属国民学校(昭和20年)

木屋町の男子部附属国民学校は、1945年(昭和20年)7月26日の空襲で焼けてしまいました。そのため、9月から道後簿記学校、思念師範学校、盲唖学校、西山真光寺の四か所に分かれて授業を始めました。道後簿記学校では1年生から3年生までが午前(1・2年)と午後(3年生)とに分かれ、墨で黒く塗りつぶした教科書で勉強を続けました。三津の女子部師範学校は戦災を免れました。

樋又の附属小学校(昭和28年)

大学構内から御幸寺山の麓、護国神社のすぐ南に新築された校舎への引っ越しは、1952年(昭和27年)12月22日から始まりました。1年生も自分の椅子を樋又の新校舎に運び、翌年の1月8日から新校舎での授業が始まりました。当時県内の小学校にはプールがありませんでした。附属小の児童は梅津寺まで行って水泳をしていましたが、1956年(昭和31年)9月8日にプールが完成しました。

楽しい学校行事

この時代も今と変わらず楽しい学校行事がいっぱいありました。運動会は今は5月ですが、このころは9月に行っていました。春の運動会もありました。学芸会は1学期に高学年、2学期に低学年、3学期に中学年が劇やダンスを披露していました。つい最近まで学芸会はありましたが、今は学習発表会として学級ごとに行っています。マラソン大会は「寒げいこ」と言って練習を一週間続け、最後に日にマラソン大会をしていました。実は伝統のある行事だったのですね。写真を見るとずいぶん立派なエントランスであったことがわかります。コースも今の正門付近と比べても、広々としていますね。

附属小の三つのちかいの歌

昭和42年には今も歌い継がれる三つのちかいの歌がつくられました。らりりり らりりり るるるるる……。この歌は附属小の特徴の一つだと思います。校歌以外にこのような歌があるのは珍しいのではないでしょうか。他にプール開きの歌や運動会の歌、持久走大会の歌などがあり、歌があふれる学校であることがわかります。素敵ですね。

持田の附属小学校(昭和44年)

見覚えのある風景ですね。この年4月27日16年間を過ごした樋又から今の持田(旧松山高等学校運動場跡)への引っ越しが完了しました。その後、プールとその時に掘り起こした土でできたずっこけランド、100周年記念事業の一つとして理科観察園などができ、施設は充実していきました。この写真ではシュロの木々もなく、ずいぶんすっきりしていますね。私は理科観察園を見る度に、その考え抜かれた構造に感心し、その後の子どもたちにどれだけ影響を与えたのかと思います。理科嫌いが増えているという昨今、附属小学校ではみんな理科が大好き、生き物大好きです。まだ、寒い時期から泳いでしまう(落ちてしまう)子もいて、着替えは保健室の必需品です。

三つの泉

100周年記念授業の一環として、建てられました。当時は黄金色に光っていましたが、今では深緑の落ち着いた色合いをしています。入学式、卒業式、研究大会等の時は噴水が高く上がって、水しぶきがきらきらと光ります。見るととてもすがすがしい気持ちになります。「親の愛、先生の愛、友達の愛」を表現しています。乗松 巌 さんの作です。

楽しい土曜日

今から30年ほど前の写真です。楽しい土曜日といって、その日は、腕自慢ボート大会、なわとび大会、いも祭りなど子どもたちの体験を豊かにする活動が行われました。子どもたちは様々な知恵をはたらかせながら、それぞれの課題に取り組みます。土曜日はお弁当の日でもあり、お弁当を食べた後はなかなか帰宅せず、友達と思う存分遊んでいました。今でもわんぱくアドベンチャー等の授業が行われています。

大洲 出石寺にて

宿泊訓練の様子です。えんじ色のジャージが懐かしいですね!おっと!そこではなく、みんな学校では、しかられるときぐらいしか見せない表情で、和尚さんのお話を聞いています。長い時間の正座なんてしたことのない子どももいたのではないでしょうか。でも、こんな厳しい体験もあって良しですね。

北条スポーツセンターでの宿泊訓練(4年生)

今では大洲青年の家で行っている宿泊訓練ですが、少し前?までは北条スポーツセンターで行っていました。地引き網を引く体験では、本能むきだしの狩猟民族と化した子どもや子どもになった教師、捕れた小魚をすべて唐揚げとして調理してしまう、献身的な保護者サポーターの姿が見られました。また、夜には子ども以上に悪のりする保護者サポーターの皆さんにより、肝試しが行われ北条の海に悲鳴が響き渡りました。たくさんの蚊が発生するなど不快な面もありましたが、大洲にはない魅力もありました。それはそうと、この写真の中には若き日の玉○先生の姿があります。今では本校の副校長先生ですが……。時代の流れを感じます。

ユニークな運動会種目

春秋の二度の運動会が行われていた時代の春の運動会の写真です。先生方にパーツを付けていって仮装させるといった種目らしいのですが、本当は何が競われたのか定かではありません。(笑)でも、こんなユニークな発想を今一度取り戻したいと思います。大いに笑い、泣き、喜び、怒り、苦しみそして耐える、そのような豊かな感情を呼び起こす体験が必要なのではないでしょうか。それはそうと、この写真の中にも玉○副校長先生の姿が見られます。本校の卒業生の皆さん!なつかしいでしょう!

120周年を迎える!

平成15年には120周年を迎え、11月8日記念行事が盛大に行われました。砥部動物園の名誉園長である山﨑 泰氏による記念講演や アルト歌手三津山 和代氏、ピアノ伴奏 高田 美穂氏と全校児童による記念音楽会が行われました。また、119期、119人の卒業生が卒業生全員の名簿を書き記し卒業式会場に掲示しました。まさに、人と学校の歴史に囲まれた荘厳な卒業式となりました。この年には、低鉄棒・高鉄棒・はんとう棒、雲梯・ブランコ・合科教室の改修、総合遊具「くるりんパラダイス」の設営・体育倉庫の新設など施設の充実が図られました。

くるりんパラダイス

我が校の子どもたちに大人気の遊び場「くるりんパラダイス」です。ケヤキの木陰が揺らぎ、夏でも涼しい風が吹く場所です。ここからは学校の校舎やシンボルツリーのくすのき、ズッコケランド、タイヤランド、プール、観察池など色々な場所を眺めることができます。

校舎の大規模改修

平成19年度の写真です。学校の大規模改修が行われました。オープン廊下であった北校舎南側通路に壁ができました。また、この工事に伴い中庭のカラーブロック舗装も行われました。激しい音とビニールに包まれた暑い教室でしたが、子どもたちはよく耐えました。この後、平成21年度には、各教室にエアコンが設置され、60インチディスプレイとパソコン、ネット環境が整うなど、さらに快適な環境へと設備の充実が図られました。この工事に先立ち平成17年度に行われた、北校舎、南校舎のトイレの改修は、今までの暗くて旧態依然としたトイレから、明るく衛生的なトイレへの大変身が図られました。

平成24年度子ども科学教育研究全国大会が行われる!

ソニー子ども科学教育プログラムにて最優秀校になったことを受け、全国大会が行われました。理科の授業を中心にして、全教室で公開授業が行われました。会場こそいつもより広い場所になったり、たくさんの参観者がいたりと違いはありましたが、子どもたちはいつもの通り、キラキラと目を輝かせながら授業を受けていました。コーラス部の活躍と共に、附属小学校の新たな伝統への第一歩となりました。